推薦・総合型入学が、大学入試の過半数を超えたことで、取り沙汰されている「親ガチャ」による学歴格差問題。
実はスイスでも、「親ガチャが子どもの大学進学率に与える影響力」が、しばしば取り沙汰されています。
そこで今回の記事では、「親の学歴格差が子どもに連鎖する問題」について、スイス統計局のデータと新聞報道、そして私が実際に現地の大学と育児過程で体験したエピソードをご紹介したいと思います。
【この記事を執筆している私のプロフィール】
- 日本で短大卒業後、エアライン勤務を経てスイス移住
- アラサーでスイス連邦の大学入学資格試験合格
- 学士・修士・博士号をスイスの公立大学で取得
スイスでの親ガチャ:大学生は高確率で「蛙の子は蛙」の学歴格差連鎖
「スイスの教育システムは、公平なのか?」というテーマを把握するために、スイス連邦統計局は「高等教育機関*で学ぶ学生の親の最終学歴」を調査しました(2020年)。
ちなみにスイスの教育制度における最終学歴には、
- 義務教育(中学まで)
- 職業基礎学校
- 一般教養学校(=高校。卒業時に大学入学資格取得)
- 高等職業教育学校(対象となる職業の例:小・中学の教員、看護師、建築士、ITエンジニアなど)
- 大学(修士号取得までの在学が一般的)
の5パターンがあります。
このうち、*高等教育機関に含まれるのは、高等職業教育学校と大学です。
連邦統計局の調査の結果、
「少なくとも両親のどちらかが大卒である」と回答した人の割合
- スイス人口の20〜35歳:22.9%
- 高等教育機関在学生のトータル:47.2%
- 大学生:55.6%
「親の最終学歴は中卒(義務教育)である」と回答した人の割合
- スイス人口の20〜35歳:15.7%
- 高等教育機関在学生のトータル:6.7%
- 大学生:5.9%
だと判明。
ゆえに、スイスの教育制度は公平さに欠け、「蛙の子は蛙」問題、つまり「親ガチャ」が生じていると報告されたのです。
親の学歴が子どもの進路に影響を与える主な理由としては、
- 経済力の差
- 親子間での学歴格差の連鎖を当然とみなす世論
の2点を、地元メディアは指摘することが多いです。
参照元サイト:スイス連邦公式サイト スイス統計局 <Hochschulen: soziale Herkunft> (更新日2021/11/02)(閲覧日2023/02/05)
【スイスでの学歴格差の連鎖】①高学歴の親は経済力で子の進路を支援
親子間の学歴連鎖を生む1つ目の原因「経済力の差」は、日本でもお馴染みの「塾通い」で浮き彫りになります。
高校卒業時に大学入学資格を取得するスイスの教育システムでは、「大卒になるか否か」の進路分岐点のヤマ場は、高校への進学時。
そして高校への入学試験は、
- 小学6年生:6年制の長期高校への進路決定時
- 中学3年生:4年制高校への進路決定時
の2度の機会に行われます。
高校入試は、
- 推薦入試:一定以上の成績+先生の推薦状
- もしくは受験
のどちらかの方法で考査されるのが、一般的です(注:連邦制のスイスでは、州により若干の違いあり)。
【スイスでの高校受験】高額な塾費用を払える大卒の親の子は有利
とはいえ、そもそも全国民の約20%しか大学へ進学しないスイスでは、日本と比べると、受験戦争の過熱度は高くありません。
スイスの教育システムでは、学び直しにより後に大学へ進学することもできるので、高校入試の2度のチャンスを生かせなくても、「焦ることはない」という風潮が強いと、日本で育った私は感じています。
そして、「学歴よりも職業の専門性を高める」ことの重要さが、一般的には重んじられている傾向があります。
そんなスイスでも、一部の親御さんは、できるだけ早く確実に、わが子が大学入学資格を取得できるようにと、高校受験の準備に予断がありません。
地元の大手日曜新聞、ゾンターグスツァイトゥングの報道内容(2023/02/05日付)によれば、高校受験用の塾の費用は、総計で約70万円(5000スイスフラン*)必要になるそうです。
【高校受験準備コースの一例】コース期間:21週間
- 小学生:
- 6年制高校への受験準備は週2時間授業。約39万円(2735スイスフラン*)
- 試験直前の集中コース:約8万6千円(600スイスフラン)
- 中学生:
- 4年制高校への受験準備は週2.5時間授業。約56万円(3900スイスフラン)
- 試験直前の集中コース:約11万円(750スイスフラン)
追加授業:小・中共に1時間が約2万3千円(160スイスフラン)
*1CHF(スイスフラン)=142.89円、2023/02/06のレートで換算
OECD2021年度のデータによれば、スイス人の平均年収は、900万円ほど (68957 USドル**) なので、平均年収が約530万円の日本(39711 USドル**)よりも、塾の費用が家計を逼迫する割合は少ないとはいえ、一般家庭が気軽に支払える額ではありません(**1USドル=132.24円、2023/02/06のレートで換算)。
スイスでは高賃金ですけど、その分物価も高いので。
ちなみに、日曜新聞の記事に登場した塾経営者は、「生徒の親は大卒か、海外からの知的労働者」だと、とインタビューで話しています。
関連リンク:OECD <平均賃金(2021年度のデータ)> (閲覧日2023/02/05)
参照元:Sonntagszeitung(スイスの日曜新聞) <<Am Ende ist es das Kind, dass die Leistung erbringen muss>> (更新日2023/02/05、紙版)(閲覧日2023/02/05)
【スイスでの学歴格差の連鎖】②親の学歴を絶対視する世論の影響
スイスの高校への推薦入試では、単に成績の良し悪しだけではなく、学校生活全般における生徒の態度と、「学業面でのこれからの伸び代」が考慮されます。
「伸び代の有無」を判断するのは、担任教師。
そして、教師の主観的な判断には、「子どもの親の学歴」が重大な影響力を持つことも、しばしば社会問題として話題になります。
例えば、親が大卒者の子どもと、非大卒者の子どもの成績が同じレベルだった場合、大卒の親を持つ子どもが高校に進学できるチャンスは7倍も高いという現状が、移民問題を扱う委員会で、教育学者から報告されたそうです。
参照元:INFOsperber <Gleiche Bildungschancen: Das Ziel ist noch nicht erreicht> (更新日2021/12/02) (閲覧日2023/02/05)
実際に、私がスイスの公立大学に在学していた間と、子育て中に体験したエピソードを、続いてご紹介したいと思います。
【スイスの大学生が持つ親の学歴格差意識】大学は親が大卒者の子の場所
当時の私は、学士課程の学生。
スイスの大学で、ぼっち生活をようやく抜け出せた私はある日、それまでまったくお付き合いのなかった同学年の女子学生3人に、話しかけられました。
- 女子学生1:「ねぇ、あなたのために忠告するんだけど、EちゃんとJちゃんは、『違う人たち』なのよ」
- 女子学生2:「もしかしたら、あなたはその事実を知らないのでしょ?だから、教えてあげようと思って」
- 女子学生3:「私たち、何も知らずに仲良くしているあなたが、かわいそうだと思ったの。これをきっかけに、『ああいう人たち』とは距離を置けるといいわね」
と、唐突に語り出した3人。
このおせっかい3人娘によれば、EちゃんとJちゃんのご両親は、「親が『アカデミカー(大卒学歴者)』ではないハズレ者」とのこと。
コレ↑、江戸時代の話じゃありません。現代のスイスで実際に体験した話。
尊い身分のお姫様じゃあるまいし(←忠告が必要だったケースもございますけどね…)と、親の学歴で特定の学生を部外者扱いするおせっかい3人組の行動は、私にとっては質の悪い「元祖どっきりカメラ」的な驚きでした。
私自身、アジア人であるために大学内でも差別を受けましたが、まさかスイス人学生同士が親の学歴でお互いを差別するとは、思ってもみなかったので。
けれども、3人組に忠告されてから、EちゃんとJちゃんに対する別の学生の態度を観察すると、たしかによそよそしさがあることは否めない感じ。
そもそもこの2人もアウトサイダーだから、外国人の私に優しくしてくれたのかしら…などと、考え込みました。
興味深かったのは、親が大卒者ではない2人だけが、私と仲良くなり始めてすぐに、親の職業を口にしたことです。
【スイス社会に潜む学歴格差意識】子の適性より親の学歴を教師が重視
この話には、後日談があります。
社会心理学の講義で、ひとりの学生が「スイスでは適した能力さえあれば、誰でも大学に進学できるチャンスがあるから、このような公平な国に生まれてよかった」と発言した時のこと。
すると、講義担当だったS教授は、「そうでしょうか?」と考え深げ。
そして、「勇気がいるかもしれません、でも、よろしかったら、親御さんが大卒でない学生さんは、挙手してください」と、全員に問うたのです。
手を挙げたのは、EちゃんとJちゃんのふたりだけ。
ふたりの率直さに感謝してから、S教授は、「どうでしょう?もし大学進学が本当に公平であるならば、正直に挙手する学生の数も、もっと多いとは思いませんか?」と、私たちに質問。
そしてS教授は、自分が体験した「親が大卒者の子は大学に進学すべき」という、スイス社会に根付いている観念について、話し始めました。
親が大卒とわかった途端、子どもの適性進路が両親面談で変わる
当時、S教授のご子息は、ちょうど進路の分岐点に立っていました。
大学進学組の典型ルートである高校進学か、それとも職業専門学校の道を歩むかを決定する両親面談で、手先が器用で物作りが好きな息子さんは、職業組の進路を選択。
S教授と奥様も、「本人が幸せになれる進路は、職業コース」だと確信していたので、お子さんの意思を尊重していたそう。
ところが、父親の職業が大学教授だと分かった途端、担任の先生は「いや、息子さんはギリギリで進学組に入れるレベルですから、将来後悔しないためにも、『今後成績が伸びる可能性が高い生徒』として、高校進学への推薦状を書きましょう」と、語り始めたとか。
S教授のお子さんの場合、親子共に、「希望の進路は職業コース」だと訴えても、担任の先生は意見を曲げず、結局校長先生同席の追加面談を繰り返し、ようやく職業コースの選択が認められたというのです。
「たまたまこの教授が体験しただけでしょ?」と思われるかもしれません。
けれども娘の成長過程で、「高学歴の親の子どもは、たとえ成績が芳しくない場合でも、進路決定で高校進学組=大卒ほぼ確定の進路に推薦される」という、まったく同様のケースを私は何度も直接目にしてきました。
さらに、私は大学在学中、
- 親が大卒ではないからと、進路面談で先生から職業コースを選択させられた
- けれども「学びたい」思いが強かったので、職業資格を得た後で、大学に進学した
という人たちにも、何人も出会いました。
親ガチャの大卒学歴:受験結果がほぼ最終宣告の日本と自力逆転のスイス
日本育ちの私が、スイスで体験した「大学進学への親ガチャ」の現状を鑑みると、お受験〜大学受験の合否を、まるで人生の最終宣告であるかのように想定している人が多い日本社会より、スイスには自分の人生に対して、良い意味でしぶとく貪欲な人が多い、という印象を受けます。個人的な意見ですが。
たとえ親ガチャで貧乏くじを引いたとしても、成人後、自分が本当にやりたかったことに取り組み、人生の再出発を図った人に出会う機会が多かったせいで、私はそう感じるのかもしれません。
例えば、娘の母校の小学校の校長先生も、そのおひとり。
ご本人曰く、あまり恵まれない環境で育ち、1日も早く収入を得るためにレストランで皿洗いのバイトを始めたのがきっかけで、まず調理師の資格を取得。
数年後、コックさんとして勤務していた仕事先の業務内容に興味を持ち、社会教育士に。それからさらに教員免許を取得し、教師としての経験を積んだ後、小学校の校長先生に…と、まさに七変化の人生。
校長先生ご自身が、「学び直しで自分が納得できる人生を歩む」生き方の体験者でいらしたので、生徒たちは「何が何でもできるだけ早い段階で高校に入学せねば」とムキにならずに、自分たちの成長テンポに見合った、得意なことを伸ばす進路選択の助言をもらえていたと、私は保護者の立場で感じていました。
また、「どこの大学の卒業生なのか?」とか、「どこに勤めているのか?」いう質問が、日常生活でほぼ話題にならないのに反して、「何の職業で、どれだけの専門的な資格を持っている人なのか」という点を重んじているのが、スイス社会。
誰も彼もがとりあえず大卒の学歴を求める日本の教育形態よりも、手に職をつけて磨くスイスの教育システムの方が、生きるための実践力が身につくのに、もったいないことを…と、わが子の高校入試に全力を傾ける親御さんをスイスで見るにつけ、皮肉屋の私は考えております。
・・・けれども、スイスの大学の学費は、激安なのでありがたいです! ←その分、生活費はべらぼうに高いのですが(涙)。