村雨辰剛さん似の教師登場、スイスで保護者会が興奮のるつぼと化す

エッセイ

学校の保護者会といえば、カリキュラムの説明・行事に関する情報伝達・先生たちの自己紹介と、ドラマティックなこととはかけ離れた内容が定番。

でも、私は一度だけ、コンサート会場のように興奮のるつぼと化した保護者会に参加した経験があるのです。

スイスで小学校の保護者会、メインテーマはスポーツ促進旅行のこと

スイスの小学校:スポーツ促進旅行で提供される種目はクラブメッド並み

ウチの娘が通っていた学校では、毎年8月、新年度が始まった直後に、学年全体での保護者会が開かれた。

あれはまだ、娘が小学生だったころ。

娘の学校は文武両道を推奨していたため、イタリアに隣接するスイスのティチーノ州、ルガーノ湖のほとりでのスポーツ促進旅行を定例で行っていた。

提供されるスポーツプログラムはとても豊富で、どの種目もレベル別のクラスがあり、プロのインストラクター付きのレッスン。

ほとんどクラブメッド状態で、参加希望種目を選んでいた娘も、あれもこれもと目移りしていたのだが、カタログを見ていた私まで、思わず参加したくなるほどだった。

これまでに参加した生徒の反響が良かったこともあり、その年はさらにスポーツ促進旅行の宿泊期間が延長されたため、学年の一大イベントを担当する先生たちと、子どもたちを送り出す親側は、いつもより緊張した心持ちで保護者会に参加していた。

会場の座席に着いた保護者会参加者の話題はもっぱら、魅力あるスポーツプログラムの内容。

「できることなら、私も行きたい」という声が、会場のあちらこちらから聞こえていた。

たまたま私たちの横に着席したご両親のお子さんは、その年度から学校に編入してきたとのこと。お子さんが、学校にも自宅以外での宿泊にもまだ慣れていないということで、かなり心配しておられた。

おせっかいな私は、スポーツ促進旅行を引率する先生たちは、特に人気のある人たちで、引率者の発表があってから、喜んだ子どもたちのテンションが高くなっていること。そして、これまでの編入生も、みなすぐにクラスと学校に馴染んでいることなどをお伝えした。

村雨辰剛さん似の体育教師登場、保護者の反応は真っ二つに分かれる

村雨辰剛さん似の体育教師登場、保護者の反応は真っ二つに分かれる

そんなこんなで会場全体の雰囲気が和んできたところに、「みなさん、こんばんは〜!」とお出ましになったのが、スポーツ促進旅行の責任者である、体育のE先生だった。

E先生は登場しただけで、その場の空気をガラッと変えてしまったわ。

さっきまで穏やかに私たちと談笑していたお隣のカップルだけでなく、E先生を初めて見る親御さんたちは、唖然としていたのだ。

それもそのはず、吉田栄作を彷彿とさせる(古くてごめんね)真っ白なTシャツとジーンズで、颯爽と登場したE先生は、正真正銘のミスター・スイスのファイナリスト。

今、『カムカムエヴリバディ』に出演中の庭師、村雨辰剛さんにソックリなお姿の、超イケメンなのだ。

E先生は、残念ながら優勝者には選ばれなかったのだけれど、いかにも「スター」という感じ。

娘と一緒に美容院を訪れた際、「あれ、E先生が雑誌に載ってる」と娘が先生のお写真を指差したとき、美容師さんと私がキャーッと叫んだほどステキなの。

「え〜っ、うらやましい」と私たちは声をそろえたのだけど、先生はご自分のフィットネス力が高いせいか、生徒たちにも難易度の高い技や持久力を要求するそう。

「だから、もうひとりのお年寄り先生の方が、生徒には人気なの」と娘が言っていたのだが、その「お年寄り」が40代半ばを意味するとわかって、美容師さんと私は奈落の底に突き落とされた思いだったのだ。

村雨辰剛さん似のミスター候補・体育教師、母親たちは追っかけ状態

会場がざわつく中、E先生は笑顔でテキパキと卓上のノートブックを操作して、スポーツ促進旅行の詳細をスクリーンに映し始めた。

こういうとき、私は心理学者根性を丸出しにして、人を観察してしまうの。

興味深いのは、会場にいた母親たちが「え〜っ」「あら〜」「うわ〜」と、興奮気味に声を上げていたのに、父親たちは一斉に口をつぐんでいたこと。

そりゃ女性よりも男性の方が、寡黙な人が多いかもしれないけれど、その日の会場にいたお父さんたちは、E先生の登場後、全員ムスッとした顔に変身していたわ。

会場で笑っていた男性は、E先生ご本人と校長先生だけ。保護者会でおそらく何度か同じような体験をしたはずの、とてもユーモアのある校長先生は、面白そうに会場を見渡していた。

娘に聞いたのだが、E先生がミスター候補になったことは、もちろん学校にも連絡済み。学校側は、E先生の熱心な勤務態度を評価しているので、ミスター選挙への応募を咎める姿勢はまったくないとのこと。

むしろ校長先生は、「私のようなオッサンに、ミスター・スイスの同僚ができるとは、光栄。生徒たちも、E先生をお手本にしてスポーツに打ち込めたら、すばらしい」と喜んでいたとか。

校長先生、懐が深いゾ。

「あの人が、先生…?」と、私の隣にいた女性が聞いてきたので、私は再びおせっかい根性を丸出しにして「あの先生は、ミスター・スイスのファイナリストで…」と伝えた。

私、完全に大阪のおばちゃんだわね。

すると突然、私たちの後ろの列にいた女性が前のめりになって口をはさんできた。

「えっ、ミスター・スイス?」

私が「ミスターではなく、ファイナリスト」と訂正している間にも、その女性は自分の後ろの列にいる女性に向き直り、「ミスター・スイスなんですって」と話しかけ、女性たちは伝言ゲームをするように「先生はミスター・スイス」情報を伝え合っていた。

私の情報のせいで、E先生が優勝者だとみんな誤解してしまったけど、まぁ、いいか(笑)。

私の横のカップルの男性は、E先生が登場してから出っ張ったお腹を力んで引っ込めた気がしたのだけれど、「ミスター・スイスなんて…。そんな不真面目な先生がこの学校で仕事をしているなんて、心外だなぁ」と、不機嫌そうにつぶやいた。

男のへんねし、やめなはれ〜。

すると女性が、「なぜ?ウチの息子の代わりに、私が参加したいくらい」と答えたから、空気はさらに険悪に。

奥方はあろうことか口紅を塗り直すという、火に油を注ぐ行為でパートナーを余計にイライラさせていた。

想定外の水着ショットで、保護者会は興奮のるつぼと化す

海辺に佇む親子4人の影

保護者会に出席していた母親たちは笑みをたたえ、なぜか腹を立てた様子の父親たちは冷え冷えとした姿勢でE先生のお話を聞き始めたのだが、突然、スクリーンが真っ黒になってしまった。どうやら、接続部分の故障らしい。

ケーブル交換後、無事に映像がスクリーンに映し出された。ところが、E先生のノートブックはスタンバイモードに切り替わっていたので、スクリーンには仲良し家族のビーチリゾートでの写真が、大写しになった。

思いがけない水着ショットのサービスに、保護者たちは大興奮(母親だけだったかもしれないけど、私は画面に釘付けで周りを見ていなかったから不明)。

ふたりのお子さんと微笑むE先生と奥様。全員が美形で、もう、うっとり。

E先生は顔を真っ赤にして、あわてて画面を切り替えていたのだが、校長先生も「いや、絵のように美しい家族ですね」とため息をついていらした(E先生の奥様は、ビーチドレス姿でビキニではなかったわ。念の為)。

村雨辰剛さん似のミスターファミリーの写真に対抗:超古いお宝写真

お宝写真が本人とわからず、質問する男性

目の保養で多くの保護者の気分をハイにしてくれたE先生の出番が終わってしまい、私の後ろの女性は「アンコールお願いしたいくらいだわ」とポツリ。

「あ~あ、私も旅行に参加したい」という母親たちのつぶやきがチラホラ聞こえてきた中、E先生の次に登場したのはR先生。

R先生はちょっと変わっていて、保護者会でお話しするときに必ずどアップのご自分のポートレートをスクリーンに映すご趣味があった。

それは別にいいのだが、R先生が利用していらっしゃるお写真は、おそらく20年以上前に撮影したお宝写真。

初めてその写真を目にする人は、「え、あの写真は何?あれは誰?」と混乱するほど、現在のR先生とはかけ離れたお姿なのだ。

実際私も写真の意味がわからず、すでに上のお子さんが同校に通っていた保護者のかたに事情を教えてもらい、写真がR先生だと知ったのよ。

R先生の、眠気を呼ぶモノトーンの声を聞きながら、「早く終わって…」と念じていた私は、横にいたカップルの男性の声で目が覚めた。

「すみません、そのスクリーンに映された男性の写真は、何の意味があるのですか?」

その瞬間、R先生の横に座っていた校長先生の小鼻がヒクヒク動いたのを、私は見逃さなかったわ。

R先生は震える声で「それは、私です」と答え、保護者たちも少しどよめいたのだが、結局、R先生のお宝写真は娘が小学校を卒業するまで、リニューアルされないままだった。

おそらく定年まで、お宝写真はあのままだと思う。

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