健康な人への安楽死幇助:スイス最高裁、医師に無罪判決

スイスのニュース

スイスが病人への安楽死幇助を容認している国のひとつであることは、ご存知の読者の方も多いはず。

しかしこれまで、安楽死を望む「健康な人」への幇助行為は、スイス国内でもタブー視されてきました。

ところが2024年の3月、スイスの最高裁にあたる連邦裁判所が、2017年に当時86歳だった「健康な女性」に致死量の鎮静催眠薬を処方した自殺幇助団体元副代表の医師に、「無罪」の判決を下したのです。

特に、医師の安楽死幇助行為が、「刑法違反」ではなく「麻薬及び向精神薬取締法違反かどうか」が裁判の争点だった事実は、安楽死を許容するスイス社会の特徴だと言えます。

今回の最高裁の判決により、

「生まれるときは選べないけれど、死ぬときは自分で決めることができる」

という、スイスに根ざしている「自己決定権」を尊重する文化を反映した安楽死幇助の形が、新たな局面を迎えたようです。

【ことのあらまし】健康な人への安楽死幇助医師にスイス最高裁が無罪判決

【ことのあらまし】健康な人への安楽死幇助医師にスイス最高裁が無罪判決
  • 当時86歳だった「健康な女性」にペントバルビタールを処方し、安楽死の幇助をした医師(自殺幇助団体エグジット元副代表)は、ピエール・ベック氏
  • 女性は処方されたペントバルビタールを自分で服用し、2017年に死亡
  • 健康な女性が安楽死を選んだ理由は、重い病気を患っていた夫と一緒に死ぬことを望んだから
  • 女性は弁護士に依頼した「夫より長く生きることは心理的に耐えられないため、安楽死を選ぶ」という自らの遺書を作成済み
関連サイト

<ペントバルビタール> フリー百科事典ウィキペディア (更新日2023/12/05 12:00 UTC) (閲覧日2024/03/15)

裁判の争点:

  • 「安楽死幇助は病人に限る」というスイス科学アカデミーの医療従事者へのガイドラインは、法律ではなく、倫理的な性質を持つもの
    ← 医師の安楽死幇助は、女性の意志を尊重した「利他的動機」であることが明らかなためか、裁判官からの「健康な人」への言及はなし
  • 最重要点は「麻薬及び向精神薬取締法違反」:健康なのに死を切望する人に致死量のペントバルビタールを処方した行為は違法かどうか

無罪判決の理由:

  • ペントバルビタールは、麻薬及び向精神薬取締法の対象だが、麻薬及び向精神薬取締法は、社会の健康と安全を目指し、医療と科学事業での処方を規制することが目的の法律
  • 医師が健康な人にペントバルビタールを処方した行為は、「医療と科学目的の処方」に当てはまらないため、麻薬及び向精神薬取締法違反の対象とはならない

今回の最高裁の判決は、

現在のスイスの法律では、健康な人への安楽死幇助は「刑法」または「麻薬及び向精神薬取締法」の対象とはならない

という「法のグレーゾーン」を示唆しているため、スイスは安楽死容認国として新たな局面を迎えたのではないかと、居住歴30年の私は感じています。

法律のグレーゾーンをフル活用して安楽死を容認するスイスの未来は?

法律のグレーゾーンをフル活用して安楽死を容認するスイスの未来は?

とはいえ、スイスは、安楽死希望者が簡単に望みを叶えられる国、というわけではありません。

実は、上記でご紹介した安楽死幇助案件は、

  • 2019年、ジュネーブ州裁判所は医師を有罪判決:医薬品法違反
  • 2021年、最高裁が州への差し戻し裁判と判決:州裁判所は「医薬品法」ではなく「麻薬及び向精神薬取締法」を適用すべきだったと指摘
  • 2023年、州裁判所が「麻薬及び向精神薬取締法」違反ではないと無罪判決。検察側が控訴
  • 2024年、最高裁が医師の安楽死幇助は「麻薬及び向精神薬取締法」違反ではないと、無罪判決

と、裁判所間で繰り返し扱われた事件。

スイスで幇助による安楽死を選んだ人は、2011年の430人から、2022年の1594人に増えていることからも、今回の無罪判決を受けて早急に法律改正が必要なのではという声が上がる一方で、政治家たちは「自己決定権」を尊重する姿勢を崩さずに、安楽死のグレーゾーンを維持し続ける意向のようです。

スイスで安楽死が認められる条件については、コチラ↓の記事をご覧ください。

安楽死幇助の未来は「本人にしかわからない心の物差し」が決める?

安楽死幇助の未来は「本人にしかわからない心の物差し」が決める?

私が考えさせられたのは、無罪判決が確定したベック氏の発言。

ベック氏は、「充実した人生を送った人が、考慮を重ねて決断した安楽死と、人生に失望した若者が、よく考えずに突発的に選ぶ自殺を区別して考える必要がある」と、判決後のインタビューで提議しています。

今回、ベック氏が幇助した当時86歳の健康な女性が安楽死を選んだ経緯は、スイス社会として許容できるタイプのケースでした。

けれども、人生の充実度・安楽死の熟考レベル・本人が抱える苦しみなどはすべて、「自分の心」が決める内容。

現在のところ、スイスでは「自己決定による安楽死決断システム」が、上手く機能している状態と言えるかもしれませんが、いずれ「主観対客観」に食い違いが生まれ、自己と他者の意見が異なる人々が社会全体で増加していく場合、どうなるのか。

人の心を外部からの物差しで測るのは不可能ですし、ましてや取り返しのつかない「死」を決定するために、どんな条件が考慮の対象となるのかなど、法律のグレーゾーンを抱えたまま、スイスは安楽死容認に向けて、さらに一歩踏み出したことは、間違いありません。

<参照サイト>
SRF <Bundesgericht spricht Angeklagten im Sterbehilfe-Prozess frei> (更新日2024/03/13)(閲覧日2024/03/15)

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