現実社会は『すばらしい新世界(A.ハクスリー著)』に移行中なのか

読書感想

生涯未婚率の急増、少子化の進行、そして成田悠輔さんの「高齢者集団自決」発言や、映画『PLAN75(早川千絵監督)』に象徴される高齢者排除思想…。

最近日本をお騒がせしている社会問題を目にするたびに、私の頭にチラついていたのは、SF古典小説『すばらしい新世界(原題Brave New World/オルダス・ハクスリー著)』。

現代社会で注目されているさまざまな問題は、1932年に発売された『すばらしい新世界』が描写したディストピアにますます似つつある社会の変容過程を象徴していると思う機会が多い今日この頃、あらためて『すばらしい新世界』を再読してみました。

オルダス・ハクスリーが、未来社会の様相をすべてお見通しだったようで、心がざわつきます。現実味がありすぎるから、怖い。

『すばらしい新世界』の著者、オルダス・レナード・ハクスリーの経歴

『すばらしい新世界』の著者、オルダス・レナード・ハクスリーの経歴
  • 1894年生まれ イギリス出身
  • 1911年 イートン校在学中、角膜炎のため失明状態に。医師になる夢を断念
  • 1914年 視力が原因で第一次世界大戦の兵役を逃れる
  • 1916年 オックスフォード大学を卒業(専攻:英文学・言語学)
  • 1932年 『すばらしい新世界』発売
  • 1937年 眼の疾患治療のためにアメリカ合衆国に移住
  • 1963年 逝去(ケネディ大統領暗殺事件が発生した同日)

照サイトフリー百科事典ウィキペディア <オルダス・ハクスリー>(更新日2022/04/03 06:20 UTC)(閲覧日2023/02/24)

ちなみにオルダス・ハクスリーは、祖父と兄(ともに生物学者)、息子(疫学・人類学者)、そしてノーベル生理学・医学賞を受賞した異母弟など、著名な科学者をたくさん輩出しているハクスリー家の一員です。

『すばらしい新世界』で使われている科学知識の説得力が、単なる小説の域を超えている背景には、ハクスリーの家庭環境が影響を与えたのかもしれませんね。

『すばらしい新世界』の主題:理想郷での幸福の鍵は人間性ゼロの人生

『すばらしい新世界』の主題:理想郷での幸福の鍵は人間性ゼロの人生
  • 小説の舞台:26世紀のロンドン
  • 西暦の基準は「フォード紀元」(キリストの代わりに自動車王・フォードが神的存在)
  • 結婚と家族制度は消滅
  • 人間が5種類の階級に分別された格差社会
    • アルファ/ベータ:知識・指導者階級
    • ガンマ/デルタ/エプシロン:労働者階級
  • 人間は工場の培養瓶で製造され、受精時から階級ごとに容姿と知能レベルが決定
  • 娯楽の基本はバーチャル・リアリティ
  • 人生の不満は睡眠学習と「ソーマ(副作用のない薬)」で解消
  • 60歳ほどで死亡するまで病気・老いには無縁の生活

・・・というのが、『すばらしい新世界』の描くユートピア。

このユートピア出身でありながら、遭難事故により「野蛮人保存地域」で成長したジョンが文明社会に連れ戻されたことがきっかけとなり、人間性が抹殺された『すばらしい新世界』での生活にわずかな疑問を感じていた人々の心に亀裂が生まれ、物語は展開します。

『すばらしい新世界』は現実社会の変容を先見:再読した感想

『すばらしい新世界』は現実社会の変容を先見:再読した感想

1932年に発売された本であることが信じ難いほど、ハクスリーが描写した『すばらしい新世界』は、現実社会の変容と問題点を反映した内容であることに、驚かされます。

『すばらしい新世界』が描くニセ・ユートピアにだんだん近づいている社会の様相は、日本に限られた問題ではなく、私が四半世紀以上潜伏しているスイス社会にも存在しています。

【結婚制度の崩壊】『すばらしい新世界』を再読して考察

愛情がなくなったら、たとえ子どもがいてもスパッと別れるのがスイス流の結婚制度の特徴のひとつですが、そもそも結婚すらしない生活形態もあたりまえです。

【少子化の傾向】『すばらしい新世界』を再読して考察

「ヨーロッパの家族に優しい国ランキング」で最下位だったスイスでは、子育てがとてもしにくいのが現実。

大学院時代の同期はほぼ全員、泣く泣く「子なし人生」を選択せざるを得ない状況でした。

ちなみにスイスの出生率が日本のように劇的に減少していない理由は、全人口の4分の1を占める移民の出生率が、スイス人よりも高いため。

「スイス社会がいかにスイスらしさを維持できるのか」というテーマは、選挙の前や社会を揺るがす出来事が発生するたびに、必ず討論の対象になっています。

関連サイト
スイス連邦公式サイト(日本語版)<国民ー統計データ>(更新日2022/10/26)(閲覧日2023/02/26)
スイス連邦公式サイト(英語版)<Births>(2022年度)(閲覧日2023/02/26)

【学歴が象徴する格差社会】『すばらしい新世界』を再読して考察

学歴の格差は、出自に大きく左右されるという問題も、実はスイスにはびこっています。私が実際に現地の大学で体験したお話は、コチラ↓。

【高齢者排除思想】『すばらしい新世界』を再読して考察

たとえばスイスの公共交通機関にも「優先席」はあります。ただし、高齢の方にこの席を積極的に譲るという姿勢を目にするのは、稀なこと。←かつて毎日、電車・バス通勤をしていた私の個人的な意見ですが。

また、18歳で成人したら親子関係よりも個人の自己決定権を重んじるスイス社会の形態では、「年老いた親の面倒を子どもが見る」という観念がないに等しいため、「老人の世話は社会の責任」の感覚に基づく社会保障や支援制度があります。←とはいえ、家族間の金銭的な援助が可能かどうかという点だけは、きちんと調査が行われます。日本育ちの私の目には、あまりにもビジネスライクな対応に映るのですが。

そして多くの読者の方がすでにご存知かと思いますが、スイスでは安楽死が条件付きで容認されています。

安楽死ではあくまでも「人生の自己決定権」が重要視されているので、「安楽死=高齢者排除」とは当然ながらかけ離れている状態。

ただ、私がゾワっとしたのは、冒頭で触れた成田悠輔さんの「高齢者集団自決」発言が、ドイツやオーストリアのメディアでは大々的に取り上げられたのに、スイスではまったく話題に上らなかったこと。

通常、ドイツ語圏各国では似たような形でニュースが扱われているので、スイスメディアの成田発言への無関心さは、私にとっては驚きでした。

安楽死の許容が、無意識のうちに高齢者排除思想につながっていなければ良いのですが。

『すばらしい新世界(原題Brave New World/オルダス・ハクスリー著)』は、さまざまな観点から現代社会が抱える問題と、社会の行方を考察する機会を与えてくれる本。

まだ読んだことがない方も、私のように再読して今の社会のあり方を見つめ直したい方にも、オススメの本です。

ハクスリーが描く『すばらしい新世界』では過去の書籍が処分されているので、今がチャンス。

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