『TBS報道特集「安楽死」を考える』:在住歴30年のスイス生活で見聞した私の体験も含めて、番組を視聴した感想とコメントをまとめました。
安楽死幇助団体ライフサークルとは?新規会員受付終了の理由は?
『TBS報道特集「安楽死」を考える』が取材していたのは、スイスの安楽死幇助団体ライフサークル。
【ライフサークルの概要】
- 2011年設立、13年間で約750人の安楽死を幇助
- スイス以外の外国人安楽死希望者も受け入れていた(2022年11月で新規登録終了)
- 会員数約1500人(うち日本人62人)
TBS報道特集では、「ライフサークルは現在、新規会員の受け入れを終了」とのみ表示されていたのですが、その理由は、動画にも登場していた代表者エリカ・プライシック医師の定年退職。
引き続き、既存会員への安楽死幇助は行われるとのことですが、ライフサークルの公式サイトで確認したところ、団体代表者7名のうち、医師はプライシックさんだけなので、ライフサークルが将来的に継続されるのかどうか(別の医師が代表になるなど)は、現状では未定のようです。
最近のスイス最高裁の判決例を見ますと、「各人の自己決定権」を尊重するという視点から、安楽死幇助団体の活動をスイスという国が支持しているかの印象を受けますが、社会全体が満場一致で安楽死に賛成しているわけではなくて、反対派もいるのが事実。
例えば、スイス公共テレビ局は、「Rundschau」という社会派番組(放映日2020/09/30)で、プライシック医師の育った家庭環境を本人にインタビュー。
そして、プライシック医師が幼少期に家族と体験した自殺未遂行為が、彼女の安楽死幇助の姿勢に大きな影響を与え、偏重した思考に導いているとするスイス連邦倫理委員会の副代表、マルコス・ツィンマーマン氏の痛烈なコメントが放映されたのです。
積極的な安楽死幇助(=医師が希望者に直接致死薬を与えること)が合法化されていないスイスでは、このように「利他的な動機による安楽死幇助」を行う団体や医師個人への風当たりが強い面もありますから、プライシック医師退職後のライフサークルの継続は、簡単に解決できる問題ではないのかもしれません。
外国人を受け入れているスイスの安楽死幇助団体は他にあるのか?
ライフサークルへの新規登録は不可とのことなので、他に外国人を受け入れている安楽死幇助団体がスイスにあるのかどうか、調べてみました。
以下2つの団体は、日本人でも登録可能です。
ディグニタス
【DIGNITAS】ディグニタスの概要
- 1998年設立。代表者はルードウィック・A・ミネリ弁護士
- 会員数約9800人。2019年末までに約3000人を安楽死幇助
- 外国人が必要な安楽死幇助の経費(旅費・滞在費は含まず)は約10’000ユーロ(約160万円。1ユーロ=163.64円、2024/03/27のルートで換算)
- 安楽死幇助と同様に、自殺防止活動にも力を入れている団体
ディグニタスで安楽死を選んだイギリス人女性の記事↓です。
ペガソス
【Pegasos】ペガソスの概要
- 2019年設立。代表者はルディ・ハベッガー氏(ライフサークル代表者エリカ・プライシック医師の兄)
- 運営メンバーは、高齢を理由に104歳で安楽死幇助を受けたオーストラリアの研究者、デビット・グドール氏の最期に携わった当時ライフサークルのメンバー
- 安楽死幇助に必要な経費は約10’000スイスフラン(約170万円。1スイスフラン=166.83円、2024/03/27のルートで換算)。経費に含まれるものは、全書類申請・診察・火葬・遺灰送料費(日本への送付が可能か否かは明記なし)
ただしどちらの団体も、安楽死幇助を行う場所は、「スイス国内のみ」と限定していますので、スイス国外の登録者は、スイスへと最期の旅路につかねばなりません。
また、私の知る限り、スイスの安楽死幇助団体は希望者が「自分自身で明確な意思表示をできること」を団体への登録段階から重視していますので、英語(またはスイスの公用語)でのコミュニケーション能力は必須になると思います。
スイスでは遺灰を川や湖へ撒く自然葬は条件付きで認められている
今回のTBS報道特集で、安楽死の瞬間まで取材を受けた迎田良子さんのご遺灰はレマン湖へ、そして『NHKスペシャル 彼女は安楽死を選んだ』(2019年放映)で、やはりライフサークルの幇助を受けて安楽死を選んだ小島ミナさんのご遺灰は、スイスの川へ散灰されたとのこと。
スイスでは、川や湖へ散灰する場合、
- 近くで泳いでいる人がいないこと
- 骨壷は禁止
という条件さえ気をつければ、自然葬は認められています。
私の知人も数人、美しい自然あふれるレマン湖やトゥーン湖で、永遠の眠りについています。
スイスでの安楽死の権利は生き方の選択肢の一つ。幸せの形は三者三様
『TBS報道特集「安楽死」を考える』を視聴した私の心に浮かんだのは、書道家・相田みつをさんのことば「しあわせは いつも じぶんの こころがきめる」。
動画内で(41:45〜)、ALS患者の佐藤裕美さんが、
誰もがその人らしく
その人を無理やり変えることのないままに
どこまでも幸せを求めて生きられる
世の中になってほしいなと思っています
引用元:TBS NEWS DIG Powered by JNN <「安楽死」を考える 「生きるのを諦めた」男性の選択、スイスで最期を迎えた日本人、「生を選ぶ社会に」難病患者の訴え【報道特集】> (閲覧日2024/03/28)
と発言していらっしゃるのですが、本当にその通りだと、私は同意します。
交通事故で脳死と判定された実母を看取った際、「母らしい生き方とは」という問いを反芻して熟考し、尊厳ある死を選んだ経験からも、そう考えています。
そして、だからこそ、「自分らしく幸せを求める」生き方の選択肢のひとつとして、安楽死の権利はあるべきではないかと、私自身は思うのです。
スイスでの安楽死が、「実現したい夢」だなんて、切なすぎるではありませんか。
動画に登場したくらんけさんの著書:「私の夢はスイスで安楽死 難病に侵された私が死に救いを求めた三十年(くらんけ著)」
安楽死:権利をあえて選択しないと生きづらいのは本人、それとも家族?
スイスに暮らして30年、現地の知人には、安楽死幇助を受けて最期を迎えた人、また重い病気にもかかわらず自然に臨終を迎えるまで生き続ける選択をした人の両方がいます。
安楽死を認めるべきだとの声が上がるたびに、脅威を覚え、生きづらさを感じていた
引用元:TBS NEWS DIG Powered by JNN <「安楽死」を考える 「生きるのを諦めた」男性の選択、スイスで最期を迎えた日本人、「生を選ぶ社会に」難病患者の訴え【報道特集】> (閲覧日2024/03/28)
と、ALS患者の佐藤裕美さんは動画で語っていらっしゃるのですが、この点に関して言えば、「個人の自己決定を尊重する」というスイス社会の根源はブレずに、どちらの選択をした人の生き方も、他人は口出しせずに受け止めているという態度を、これまで私の周囲の人々からは感じていました。
けれども、まだ50代で若年性アルツハイマーと診断された友人夫妻(共にスイス人)の奥様が、家族との対話なく、自己決定で生き続ける道を選んだ結果、家族に呼び起こした波紋を目にしますと、患者本人があえて安楽死の権利を選ばない場合、スイス社会では生きづらさを抱えるのはむしろ家族ではないのかなどと、非常に複雑な思いを感じています。
安楽死の権利があってもなくても、最期まで自分らしく生を全うすることは、本当に難しい。
正解のない問いだからこそ、安楽死の権利を社会で議論することの大切さを、TBSの報道特集を視聴して痛感しました。