『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場(河野啓著)』が迫るのは、波紋を呼んだ「世界7大陸最高峰の単独・無酸素登頂」の夢を追いかけた栗城さんの実像。
必死に生きたのに、虚構と現実のクレバスが生んだデスゾーンで息絶えた栗城さんの姿が切ない……。
『デス・ゾーン』の主役・栗城史多(くりきのぶかず)さんの経歴
- 1982年 北海道生まれ
- 2004年 登山歴2年で北米最高峰・マッキンリー登頂(6194m)
- 2005年 南米最高峰・アコンカグア登頂(6959m)/ヨーロッパ最高峰・エルブルース登頂(5642m)/アフリカ最高峰・キリマンジャロ登頂(5895m)
- 2006年 札幌国際大学卒業。オセアニア最高峰・カルステンツピラミッド登頂(4884m)
- 2007年 チョ・オユー登頂(8201m)。インターネットで動画配信開始/南極大陸最高峰・ビンソンマシフ登頂(4892m)
- 2008年 マナスル(8163m)登頂に成功するも、「単独・無酸素」(下部で解説)の主張が登頂認定を阻む
- 2009年 ダウラギリ登頂(8167m)/チョモランマ敗退(8848m)/エベレスト初挑戦で敗退
- 2010年 アンナプルナ敗退(8091m)/2度目のエベレスト敗退
- 2011年 シシャパンマ敗退(8013m)/3度目のエベレスト敗退
- 2012年 シシャパンマ再び敗退/4度目のエベレスト敗退。この際負った指の凍傷(後に右手親指以外切断)が自作自演疑惑の的になる
- 2014年 ブロード・ピーク登頂(8047m)
- 2015年 5度目のエベレスト敗退
- 2016年 2度目のアンナプルナ敗退/6度目のエベレスト敗退
- 2017年 7度目のエベレスト敗退
- 2018年 8度目のエベレスト登山中に逝去(享年35歳)
参照サイト:フリー百科事典 ウィキペディア <栗城史多>(更新日2023/03/05 12:35 UTC)(閲覧日2023/03/07)
登山の様子を動画で公開するという斬新なアイデアを実践した栗城さん。
「冒険を共有できる」登山家として一躍有名になった栗城さんは、次第に増加した敗退続きの登山計画、そして自らアピールし続けた「7大陸最高峰を単独・無酸素で登頂」という宣伝文句のために、愛される存在から批判される対象に変化していったようです。
『デス・ゾーン』の著者・河野啓さんのプロフィール
- 1963年 愛媛県生まれ
- 1987年 北海道大学卒業後、北海道放送入社
- 2008〜2009年 テレビディレクターとして番組制作のため栗城さんに密着取材
- 2010年以後、栗城さんへの取材中止。栗城さん死亡時まで交際なし
- 2020年 『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』で第18回開高健ノンフィクション賞受賞
『デス・ゾーン』主題はエンターテイナー登山家栗城史多さんの実像
『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場(河野啓(著)』は、
- 栗城さんの家庭環境・少年期・大学時代・大卒後のプライベートでのエピソード
- 栗城さんが動画配信を駆使した「登山」という舞台の話題性を盛り上げるために取った手段の数々
- 登山劇の「主役」栗城さんの行動と周囲の「脇役」(著者の河野さんもそのひとり)たちの反応
- 「登山劇」舞台裏のビジネス事情
といったテーマから、栗城さんの実像に迫っています。
特に興味深いのは、ビギナーズラック的にマッキンリー登頂で登山デビューした栗城さんと、山をこよなく愛する真のアルピニストたちとの関係性や、著者の河野さんご自身の栗城さんとの苦い体験が記述してある点ではないかと思います。
波紋を呼んだ栗城さん独自の「単独」「無酸素」解釈
『デス・ゾーン』でもたびたび争点として登場するのは、栗城さんの登山活動を象徴した「単独・無酸素登頂」のPR。
この2つの表現が問題視された理由は、以下のとおりです。
【登山界での「単独登頂」の解釈】
ベースキャンプより上で、他者からのサポートや、あらかじめ設営された物(キャンプ、ロープやハシゴなど)の援助を一切使用せずに登頂すること。「アルパインスタイル」とも呼ばれる。
【栗城さん独自の「単独登頂」の解釈】
ベースキャンプから自分で荷物を背負って登頂する。ただし、登山ルート工作や無線連絡などで他者のサポートを利用する。「極地法」とも呼ばれる登山スタイル。
参照サイト:フリー百科事典 ウィキペディア <栗城史多>(更新日2023/03/05 12:35 UTC)(閲覧日2023/03/07)
【登山界での「無酸素」の解釈】
酸素ボンベなしで登山すること。
【栗城さん独自の「無酸素」の解釈】
酸素ボンベはキャンプ地に用意してあり、使用可能。
登山界の常識とはかけ離れた「単独・無酸素」解釈ミスは、「知らないが故の誤解だろう」と当初は多めに見ていた専門家たちのコメントや、「単独・無酸素」の解釈の違いに後から気づいた著者の河野さんの複雑な心情なども、読者にとっては興味をそそる点だと思います。
何が栗城史多さんを虚像と実像の差が生むデスゾーンに追いやったのか?
デスゾーン
デスゾーン(英語:death zone)とは、人間が生存できないほど酸素濃度が低い高所の領域を指す登山用語。標高が8,000mでは、空気中の酸素濃度は地上(海抜ゼロメートル地帯)の約3分の1となる。この領域をヒマラヤ山脈の8000メートル峰に挑戦する登山家がデスゾーンと呼んでいる。……酸素ボンベなしでデスゾーンに長時間滞在すると身体機能の悪化や意識の低下が起こり、最終的には死に至る。
引用元:フリー百科事典 ウィキペディア <デスゾーン>(更新日2021/07/06 22:24 UTC)(閲覧日2023/03/07)
『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場(河野啓著)』を読んで私が感じたのは、インターネットで「スター登山家」に自らを祭り上げた栗城さんが、虚構と現実のはざまで生まれたパラソーシャル関係の「デス・ゾーン」で、息絶えてしまったのだという悲しみでした。
パラソーシャル関係とは、メディアで情報を発信する人と受信者の間に生じる関係のこと。
個人的な面識はないにもかかわらず、発信者と受信者の間に生まれるつながりは、かつては一方通行でした(例:スターに憧れるファン)。
けれども昨今のSNS普及により、匿名でコメントできる視聴者の存在は、発信者側にとって別の意味を持つ存在になったことは、皆様もご存じのとおり。
『デス・ゾーン(河野啓著)』が迫る栗城さんの素顔からは、純粋に山を愛した登山家ではなく、狡猾な戦略ビジネスマンとしての一面や、社会人としてはあり得ない無礼な態度も見え隠れしています。
そして、山を舞台にした「登山劇場」で、主役の座を死守したい栗城さんの必死な姿も、本書から浮かび上がってくるのが、なんとも切ないのです。
栗城さんの周囲には、彼の憎めない人間性に魅力を感じた何人もの人が存在したのに、パラソーシャル関係にがんじがらめになったが故に、エベレストで命を落とした栗城さんの最期が悔やまれます。
栗城史多さんのご冥福をお祈りします。
パラソーシャル関係についてもっと詳しく知りたい方は、コチラ↓へ。