スイス人義父の死去に伴い、親族として体験した看取りから葬儀後までのスイスの葬儀事情をまとめた記事です。
海外での葬儀の流れと実状や、日本と違う点を知りたいどなたかのお役に立てればと願っています。
スイスにおける葬儀の流れ:①看取り【親族としての体験から】
医師による終末期宣言:看取り方を確認し、近親者とは最期の面会
終末期宣言を告げる際、医師は本人による意思表示が存在するかどうかを確認します。
意思表示がなかった義父のケースでは、終末期宣言の段階で本人の決断は認知症により不可能だったため、家族(宣言を受けた時点の配偶者と実子)が、「平穏死」の看取り方法で異議がないかどうかを話し合いで確認し、その旨を医師に伝えました。
平穏死
身体が弱っていく自然な状態を経て平穏に最期を遂げるという、死の迎え方。高齢者が老衰、認知症の終末期、その他の病気の末期的な状態に陥り、助かる見込みもなく、遂に自分の力で食べることや飲むことができなくなったとき、一般に行われる常識的な治療や胃瘻などによる人工的な水分・栄養補給をすることなく、身体の自然な状態のままに死んでいくことを意味する。
引用元:コトバンク 出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)<平穏死>(閲覧日2024/07/08)
また、この時点で3親等までの親族および友人に連絡を入れ、対面の機会を設けました。
臨終
かかりつけ医師が死亡を確認した後、死亡診断書を作成。
1・2親等の血族に臨終の連絡を入れました。
スイスにおける葬儀の流れ:②葬儀前【親族としての体験から】
葬儀社の手配
医師に、評判の良い葬儀社を知っているかとたずねましたら、「Googleの口コミで探して」との返答(!)だったので、高評価のついている葬儀社を選択。
死亡した当日の午後すぐに、葬儀社との打ち合わせが可能ということで、葬儀社からは打ち合わせまでに、以下の点を家族で検討すべきだと促されました。
【葬儀社との打ち合わせ前に家族で話し合うべきテーマ】スイス編
- 訃報通知(Leidzirkular)の文面内容と送付数:
死亡者の名前/生年月日と死亡日時/写真の有無/ニックネーム表示の有無/詩などのメッセージの有無/掲載する親族・友人の氏名と形態/葬儀の場所と日時または身内だけで葬儀を行うか否か/供花を受け入れるか否か/供花の代わりに寄付を希望する場合、その団体名と銀行口座情報/新聞掲載の有無 - 葬儀までの遺体安置場所:
自宅・教会の安置所・葬儀社が手配できる安置所から選択 - 葬儀を行う教会と担当牧師の選定・連絡:
同じ宗派であれば、牧師が担当している以外の教会でも葬儀は可能とのこと - 葬儀の形態:
聖書朗読・讃美歌・祈祷・音楽演奏の有無・参列者の席順など - 葬儀の希望日時:
牧師・葬儀社・遺体安置所の日程と家族の希望する日時を調整して葬儀の日を決定 - 葬儀後の接待料理を行う場所・提供する食事の内容とおおよその人数:
訃報通知の受信者だけではなく、新聞に掲載された訃報を見て葬儀を訪れる人の分も用意する必要あり - 葬送方法および墓の種類:
本人の意思表示の有無を確認
牧師との話し合い:葬儀進行・故人の人生経歴・葬送方法について
牧師への依頼・葬儀開催場所と日時の決定
プロテスタントが主流を占めるスイスドイツ語圏都市部では、いわゆる「菩提寺」的存在の教会とのつながりはありません。
プロテスタントの人々は、結婚式とお葬式以外、クリスマスコンサートなどのイベントでしか教会と関わりを持たないケースが多く、近頃ではスイス全体で「無宗教」の人が約28%と急増。
さらに昨今では、「お墓」以外の個人の意思を尊重したさまざまな葬送方法が、スイス社会に広まっています。
義父も同様で、プロテスタントとはいえ属していた教会はなかったため、宗派が一致していた居住地にある教会の牧師に連絡したところ、この教会で葬儀を行い、進行も担当していただけるとのこと。
牧師との話し合い:葬儀形態の決定事項と遺体安置・葬送について
牧師との話し合いで確認・決定が必要だったのは、以下の3点でした。
- 葬儀形態は故人の信仰心に合うレベルで行う:
義父の場合、牧師は祭服ではなく喪服で進行担当/聖書朗読・讃美歌・祈祷はなし/故人が望んだ音楽生演奏 - 葬儀で語られる故人のプロフィール詳細:
幼少期から死亡時点までの家庭環境と家族関係/職歴/社会活動/印象強い思い出エピソード - 葬送方法:
葬儀までの遺体安置/お墓に埋葬するか否か/お墓の種類
牧師が家族とのインタビューに基づいて作成した故人の人生プロフィールは、葬儀のメインテーマなので、全員が納得のいく形であるようにと、葬儀の数日前に家族に渡され、訂正が必要な箇所を申告するよう、促されました。
火葬は葬儀とは別の日に行われる
また、遺体を火葬する場合、葬儀が行われる前の時点で行われるのが、スイスでは常とのこと。
そのため、訃報通知には「故人に最期のお別れをしたい方は、○月○日まで○○に遺体が安置されています」と明記して郵送・新聞掲載する必要があるので、どの安置所にいつまで亡骸を置いておくのかという点を、家族の希望に伴い、葬儀社と牧師の間で調整し、取り決めていました。
遺体搬送・火葬・葬儀までの骨壷の管理に関しては、故人の家族はノータッチ。葬儀当日、葬儀社の社員が教会に骨壷を搬送するとのことでした。
スイスにおける葬儀の流れ:③葬儀当日【親族としての体験から】
家族は火葬後、骨壷に入った故人と葬儀当日にようやく対面。
教会では骨壷に入った遺灰を祭壇に飾る形で、葬儀を執り行います。会場準備はすべて、葬儀社が行ってくれました。
葬儀開始の2時間ほど前、教会で牧師と進行の最終確認。
教会の前列は、近親者用にあらかじめ決めた席順で、後列は自由席というのが、一般的です。
前記したように、葬儀のメインテーマは「故人の人生経路」。
私がこれまでスイスで参列した葬儀では、この点に1時間〜1時間半ほどの時間が費やされ、参列者が個人を偲ぶ形態がスイスでの習慣のようです。
葬儀自体は、開始から終了まで2時間ほどのケースが多いです。
葬儀後の接待料理
葬儀終了時、「この近くにある○○というレストランで、お食事を用意していますので、よろしかったらぜひ」と、参列者全員に口頭で伝達。
葬儀社によれば、特に親しい関係者だけではなく、葬儀に参列した全員を招待するのが、スイスでの暗黙のルールだそう。
接待料理の内容は、「アペロ」と呼ばれるもの。ビュッフェ形式でパン・チーズ・ハムやサラミなどの肉・カット野菜・果物などと、ワイン・水・コーヒーといった飲み物を提供します。
葬儀後の接待食事会と告げれば、レストラン側が予想される参列者の人数に合わせた量と内容の飲食品を提案してくれます。
スイスにおける葬儀の流れ:④葬送【親族としての体験から】
葬送は、葬儀終了後1〜2週間ほどの期間内に、故人とごく近い親族関係にあった者だけが立ち会う形で、行われます。
教会に隣接する墓地に埋葬される場合、牧師が立ち会うのが一般的ですが、樹木葬や湖への散骨をするケースでは、家族か親友だけで葬送する人が多い印象を受けます。
スイスにおける葬儀:親族としての体験から判明した驚きの点4つ
参列者としてだけではなく、今回初めて故人の親族として葬儀を体験したことで、私にとっては驚くべきスイスと日本の文化の違いを確認しました。
スイスでのお葬式は「みんなの日程が合う日」に執り行う
葬儀社と牧師の手配は、死去した当日に行いましたが、葬儀自体はいつまでにしなければいけないという固定観念は、スイスにはないようです。
「いちばん大事なのは、遺体安置所の料金を念頭に置くことです。料金がかなりかさむので、その点と訃報通知が届く日数を考慮しつつ、葬儀の日程を決めるのがポイントです」という、いかにも現実的なスイス的アドバイスを、葬儀社の人がくれました。
義父の場合は死亡日の1週間後、家族全員と牧師・葬儀社のスケジュール調整に都合が良かった日に葬儀を実施しました。
スイス人は訃報通知の文面にものすごくこだわる
故人が、スイスでよくある離婚・再婚・パッチワークファミリーという生き方をしてきた人だった場合、死亡時点での人間関係と、親・実子・兄弟姉妹など本来の血縁者との距離感を、葬儀の流れで考慮することが必須。
義父の場合もこのケースに該当するのですが、訃報通知の文面決定後の印刷前、確認のために連絡した親族から続々と「異議あり!」発言があり、最終的な訃報通知が出来上がるまで何度も書き直しが必要だったのには、驚かされました。
「自分の名前の位置が気に食わない」、「私のパートナーの名前も載せないと納得できない」、「○○叔母に見せてもらったけど、なぜ私の名前がないの」などなど、親族内で大炎上。
毎日、新聞に掲載されている死亡通知欄を見る限り、想像すらつかなかったのですが、淡々とした印象を与える訃報通知の文面は、家族の自己主張がぶつかり合い、なんとか折り合いをつけた結果なのだと知りました。
スイスでは誰も火葬に立ち会わない
「お骨上げ」がないどころか、故人が火葬される際、近親者や親しい人が誰も立ち会わないという事実も、私が非常に驚いたスイスの風習。
30年スイスにいても、根が生粋の日本人の私は、なんだか義父が哀れに感じたので、「火葬の際、その場に待機していて、すぐに骨壷を受け取りましょうか?」と提案しましたら、葬儀社の方がそれこそ幽霊を見たかのように驚愕(笑)。
あまりの驚きようだったので、「日本ではそれが習慣なので……」と告げてようやく、「あぁ……」と納得されました。
もしスイス人が、日本の葬儀でお骨上げに立ち会う機会があったなら、たとえ葬儀屋さんでも卒倒するほど驚くのでは。
スイスでは葬儀後の接待料理に親しくない人が大勢押しかける
そして最後に、私だけではなく、スイス人の夫や義弟たちがビックリしたのは、故人と親しくしていた記憶が家族の誰にもないのに、葬儀後の接待料理に現れた人々の数。
しかも、この方たちが参列者の中でダントツの量の食べ物とワインを楽しみ、まさに「酒盛り」状態でご満悦。
本当に、家族の誰も見当がつかない人たちだったので、実子たちが直接、故人との関係性を質問したところ、「同じ町の住人」と判明。どうやら義父とも知り合いではなかったような……。
故人と親しくなかったのだから、悲しみに沈んでいないのもわかりますが、葬儀を終えたばかりの家族の心中には、いろいろと複雑な思いが浮かび、静かに時を過ごしたいもの。
それなのに、お悔やみのことばもなく、場違いに騒いでも厭わなかった人々の神経に、唖然としました。
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私の現地の友人・知人とは異なり、なぜか義父は、自分の終末期や葬儀に関する意思表示をまったくしておらず、生前唯一、3人の実子に打ち明けていたのが「自分の葬儀ではハイドンの弦楽四重奏『ひばり』を生演奏してほしい」との願い。
牧師が工夫して、全4楽章の演奏をはさみながら語った義父の人生経路は、ともすれば退屈になりがちな葬儀進行とは趣向が異なる、荘厳な雰囲気に包まれた式となりました。
享年83歳。
主催者側の家族として、私がスイスで体験した葬儀の流れは以上です。