母はつらいよ・スイス編【誕生日週間のバースデーケーキの思い出】

エッセイ

私の趣味のひとつは、ケーキを焼くこと。

とは言ってもコロナ・シャットダウン以来、娘が腕をグングンあげ、プロ並みのケーキを毎週焼いてくれていたので、最近では食べることに専念していた。

そのツケが回って、家庭でのダイエット作戦に挑んだ記事はコチラ。

今日、久しぶりに自分でケーキを焼いたせいか、娘が幼かったころの出来事を思い出した。

スイスでの誕生日週間に必要なバースデーケーキ数の内訳

誕生日ケーキ

ケーキを焼くのが趣味とはいえ、娘の誕生日前後の週には、私はうんざりしながらキッチンに立っていたものだ。

というのも、娘が小さかった頃、彼女の誕生日週間にはケーキを大量に焼かなければならなかったから。

誕生日のお祝いイベントは5つ、必要だったケーキは計7個という状態は、娘が小学校高学年になるまで続いた。

ケーキ7個の内訳は、

  • メインのお誕生日パーティ(仲の良いお友達を招待):ケーキ2個必要
  • 幼稚園/学校用
  • 保育園/学童保育用
  • 誕生日当日、自宅で(両親と娘)
  • 娘の祖母
  • 娘の祖父

祖父母は、孫のためであっても、同席することすらあり得ない状況だったので、お誕生日のお祝いも別々に招待する必要があったのだ。

まぁこれも、「結婚がうまくいかなければ離婚すべき」という考えが広く深く行き渡っているスイスでは、割とありがちなことなので、わが家だけが特別だったわけではないのだが、その分、ケーキの量はひとつ増え、厄介だった。

結婚がうまくいかなければ離婚すべきという人の割合スイス=64.5% 日本=36%

参考サイト:国際日本データランキング 明治大学国際日本学部 鈴木研究室
(2021年10月17日に参照)

誕生日のマストアイテム・スイス編:母親の手作りバースデーケーキ

ケーキを作る女性

習慣、と言えるのかどうかはわからないが、私が生活していた地域で出会ったスイスの人たちは、子どもの誕生日用のケーキは手作りで焼き上げていた。

仲良しママ同志では正直に、「昨日ウチに来た義母には、『Dr. Oetker』のケーキですませたわ」と打ち明けあったりもした(やはり手を抜くのは、そこよね)。

でも、子どもの誕生日週間を迎えたママ友は目の下が真っ黒のお疲れ状態で「なにしろケーキがね…」とぼやき、他のママたちは慰め役に徹することが、私の体験したスイスママ友会のルールみたいなものだったところを見ると、いちから自分で作る誕生日ケーキは、母親の愛の証的な要素がスイスではあるのかもしれない。

スイスのドイツ語圏では、「Dr. Oetker」というメーカーのケーキミックスセットが、お誕生日週間でキリキリ舞いする母親の必需品として人気がある。

(差別するわけではないけど、ケーキ焼くのに大忙しという父親には、スイスでまだお目にかかったことがないので、ママに限定)

度肝をぬく誕生日ケーキのお披露目

誕生日ケーキの横で絶望する母親

あれは、娘がまもなく3歳の誕生日を迎える年のことだった。

お世話になっていた保育園に娘をお迎えに行くと、げっそりした顔で建物から出てきたママ友のNさんに出くわした。

Nさんは、ふたりのお子さんのママ。

彼女の上のお子さんと、わが家の娘が同い年、しかも子ども同士の気が合うことから親しくなったのだが、この日の彼女の落ち込み様はただごとではなかった。

私が口を開く前に、「ちょっと、とんでもないことが起きたのよ」と彼女が話し始めた。

なんでも、新しく保育園に入園したお子さんの誕生日パーティがこの日行われたのだが、その子のママがトンデモナイケーキを持参したと言うのだ。

「電車のケーキなんだけど、Dが『同じケーキ、ボクにも作って!!』って、もう大騒ぎしてるの」

子どもたちの間では、他の子が持参した誕生日ケーキのデコレーションを真似することが流行りになっていたし、D君の誕生日は再来週に迫っていたから、D君が母親に「ボクもアレがいい」とねだる気持ちも、よくわかる。

「来週の金曜日なら、D君とS君をウチで預かれるわよ。その間にケーキ焼いたら?」

「ありがとう。だけど、問題はそんなことじゃ解決しないわよ。ねぇ、とりあえずあなたもケーキを見てらっしゃいよ」

Nさんは私とふたりだから、もう一度力を振り絞ってケーキを見る勇気が出たという。

・・・大げさな、と思っていた私の目に映ったのは、ホントに絶句レベルのケーキだった。

世界初! 超プレミア・誕生日ケーキが、スイスの保育園に参上!

電車のケーキ
*画像はイメージです。

私が目にしたのは、10両連結の電車のケーキ。ケーキの長さは約2メートル。

しかも、それぞれの車両がひとつずつ、パステルカラーの異なる色でコーティングされて、細やかなデコレーションが付いていた。

当然ながら、ケーキ車両の上には「Happy Birthday ○○(子どもの名前)」の文字が飾られていたのだが、その文字もひとつずつ、カラフルなクッキーでできていた。超大型のクッキーだったので、これらもハンドメイドのようだ。

私の人生、後にも先にもあんなに手の込んだバースデー・ケーキを見る機会は、ないと思う。
(いや、私がもしロト・ビリオネアになったら、ああいうケーキを特注するかもしれないけど)

「ねぇ、もしかしたらご両親が…」

「違うのよ、パティシエのお宅じゃないんですって」

そう、仲良しだったNさんと私は以心伝心。

もしこのお宅に同じケーキをミニサイズで注文できるなら、問題は解決するのにと思ったのだが、そうはうまくいかないらしい。

子どもたちだけではなく、保育士さんたちもケーキに感激して、アルバムやフォトコラージュ用の写真をバシャバシャ撮っていた。今ならインスタのヒットまちがいなしよ、あのケーキ。

気を利かせた保育士さんは、ケーキの形が崩れないように、縦半分をナイフで切り取り、子どもたちに取り分けていたので、こちら側から見たケーキは、まだカンペキな電車の形をしていた。

Nさんのお子さんと、ウチの娘も興奮しながら私たちの方に駆け寄ってきた。

「ねえ、ママいいでしょ? ボクもお誕生日ケーキはコレがいい」

D君の言葉に、Nさんが思わず唾をゴクリとのみこんだ。

私の娘はバツグンの記憶力を発揮して、すべての車両がちがうフレーバーで作られていることを、私たちに説明し始めた。

「これはチョコチップ、これはバナナ、これは…」

って、一体どこまで他の母親に追い討ちかけるのよ、この電車ケーキ!

ケーキ型がスイスでは購入不能と知り、安堵のため息

母親の建前:「まあ、残念」
母親の本音:「助かった…」

「このケーキ型、輸入品なのでスイスでは手に入らないそうです」

保育士さん、グッジョブよ!

当時はまだオンラインショッピングが今ほど浸透していなかったので、スイスで手に入らない=同じケーキを作らずに済むという母親の免罪符。

ケーキ型がスイスでは買えなくて残念がっていた保育士さんとは逆に、親の私たちは
「こんなケーキ型がスイスで手に入るってわかったら、どーすりゃいいのよ、バースデーケーキ」
と心で唸っていたので、「んまぁ〜、残念」とコーラスでハモって答えた。

D君は素直なお子さんなので、電車ケーキに想いを馳せながらも結局、ママのNさんが作った普通のケーキに大満足してお誕生日を祝った。

「だけど、『電車ケーキはムリだけど、秋休みはギリシャでビーチリゾート!』のジョーカーがなかったら、しのげないほどヘビー級の問題だったわ、あのケーキ」

と、Nさんはいつもの誕生日ストレス以上に疲れ切っていたことが忘れられない。

「ウチの子たちが、鉄道ファンじゃなくてよかったわ〜」とNさんは笑っていたが、あのケーキは冗談ではなく、雑誌「鉄道ファン」の投稿ページに掲載確定していたと思うわ。

あのバースデー電車ケーキは何を象徴していたのか

大きな誕生日ケーキ

「あの電車ケーキ、覚えてる?」

「忘れるわけないでしょ」

娘は、15年以上前に記憶した、あの電車ケーキのそれぞれの車両のフレーバーまでサラサラと口にし出した。

あぁ宇宙より広い天才児の記憶力。こんな情報までセーブしていたのね。


当時、保育園であの超プレミア電車ケーキを目撃・味見した子どもたちは、「どうすればあのお家の子どもになれるのか」という相談を、かなり真剣に仲間内でしていたそうだ。

電車ケーキでお誕生日をお祝いされた子どもは、「でもみんなには、何人のパパがいるの?」と聞いてきたらしい。

特に電車ケーキへの思い入れが強かったD君は(Nさんのお子さんね)、「どういうこと?」とたずね返したそう。

すると電車ケーキを作ってもらった子どもは、「ウチでは次々新しいパパができて、その度に引っ越しするんだ。毎回、パパの名前を覚えるだけで大変だし、ここにもいつまでいるのかわからない。電車ケーキより、引っ越ししないほうがいい」と、悲しそうに打ち明けたという。

それを聞いたD君は、弟のS君にも「ウチは今のパパでいい(彼らのホントのパパだった。顔がそっくり)。だから、ママに電車ケーキをおねだりすることは、やめよう」と言い聞かせたそうな。


実際、電車ケーキをもらった子どもは、お誕生日の数ヶ月後には他の街へ引っ越して行った。


「来年はスペースシャトル、再来年はシルバニアファミリーのメンバーのケーキになったら、どうする?」と、Nさんと私はびくついていたので、電車ケーキの子どもが保育園を辞めたと聞いた私たちは当時、ホッと胸を撫で下ろしていたのだが、娘の話を聞いた私は、とても切なくなった。

あの子どもが、電車ケーキの代わりに幸せをつかんでいることを祈ってやまない。

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