私は、キレイな食器が大好き。
娘がまだ幼かった頃、真夜中のキッチンにひとりで腰掛けてコーヒーを飲むときにも、その日の気分に合ったカップを選び出し、ホッとひと息ついていた。
「真夜中のコーヒーね…。私も同じだ」と思った読者のあなたは、研究者かそのタマゴじゃない?
そう、研究者の活動時間は、たいてい真夜中過ぎにスタートするもの。
つまり、逆・シンデレラってことかしら?
【海外研究者生活の実態】シンデレラの逆パターン
大学の学士時代、研究助手の仕事初めの日に「遅めに来るように」と秘書の方に言われたので、朝9時に大学入りしたら、待ちぼうけ。
結局、10時前にみんな半分寝ぼけたような状態でショーアップ、お昼過ぎになって頭がシャッキとしてから、「あ、今日からだっけ? よろしく〜」と挨拶を交わして愕然としたことがあったわ。
いや、これは冗談ではなくホントの話。みんな朝方まで物書きしているから、午前中は頭が起きていない。
話が飛びましたが、テーマは食器。
あるとき、私と研究職仲間は、大変お忙しい教授のスケジュールの合間に、ミーティングのアポイントメントを取ることができた。
次回いつ直接お目にかかって相談できるかわからなかったので、ペーペーの私たちは詳細にわたり、お伺いを立てる内容を準備したことを覚えている。
教授の部屋に向かうと、「食事がまだなのでミーティングしながら食べるけど、気にしないで」と声をかけられた。
【海外研究者生活の実態】仕事机のタイプは完璧な潔癖型かカオス型
私が大ファンのノルウェー人作家、ジョー・ネスボの小説で「学者の仕事机は、嵐が吹き荒れた後のように、グシャグシャだ」という旨のフレーズを見つけて、苦笑いしたことがあったのだが、私が見たところ、学者の仕事机はチリひとつ落ちていない潔癖型か、台風直後のカオス型に分かれるようだ。
この教授は、完全なカオス型。
畳1畳分くらいの大きな仕事机の上に、プリントアウトされた科学英語論文がギッシリと幾重にも山積みにされ、テーブルの端にある論文はすでに雪崩寸前の状態。
論文の山で、ジェンガゲームを作り上げたみたいだった。
「さ、そこに座って」と促されたが、イスの上にも論文やら書類が山積みで座れない。
「そっちに移して」と教授に指示されたのだが、壁沿いの1列目には、すでに数えきれない量の書類がギッシリ。
仕方がないので、新たに2列目を作ることにした。
東京出身の私は、二重駐車は見慣れていたけどね・・・。
カオス型教授、論文でジェンガとホコリの山を作り上げる
書類を床に置くときふと見たら、1列目の文書ファイルにホコリが溜まっている。
ひぇ。アレルギー持ちの私、ホコリのせいでくしゃみの連発になったらテーブル上のジェンガ論文が崩れ落ちてしまうのではと、心配になってきた。
「さ、それで今日はなんの用件だっけ?」
「一昨日、メールでアポイントの確認をした際、本日のテーマをPDFで添付したのですが…」
こんなこともあろうかと、持参していたPDFを手渡そうとすると、
「あ、そう。えーっと、あれはここだったかな」
教授は、ジェンガの山の中からサッと私たちのPDFを見つけ出した。
カオスタイプの研究者に共通するのは、彼らが自分なりのロジックで、グチャグチャの部屋を完全にコントロールしていること。
私ともうひとりの研究員にとっては、研究室で見慣れた光景なので、驚くに値しないことだった。
【海外研究者生活の実態】サラダの包装パックで食器代用の衝撃
ところが、だ。
教授はジェンガデスクの引き出しをガラッと開き、おもむろにスーパーで買ったと思われる、袋入りのスライスサラダとドレッシングを取り出した。
ガバッと勢いよくスライスサラダのパッケージを開けると、教授はその袋の中に直接、サラダドレッシングをふりかけ、どこからか取り出したフォークで、サラダを食べ始めた。
私と研究員は絶句して、驚きで固まってしまった。
この状態でフリーズしていたら、「だるまさんがころんだ」で日本選手権にだって挑戦できたかもしれないほど、私たちは固まっていた。
【海外研究者生活の実態】Time is Paper。食器排除で執筆に専念
「あの、お皿をお持ちしましょうか?」フリーズ状態から抜け出した私はそうたずねたのだが、
「お皿なんていらない」というぶっきらぼうな返事が、教授から戻ってきた。
教授は顔も上げず、サラダをムシャムシャと頬張りながら、私たちのPDFを読んでいた。
もうひとりの研究員が、「私、お皿を取ってきますから」とイスから立ち上がると、教授は書類から目を離し、「どうして? お皿なんて必要ないから」と怪訝そうな顔をなさった。
「あなたたち、食事にお皿なんて使っていたら、1日のうち何分、いや何時間をムダにしているのか、計算したことないの? そのムダをなくしたら、1年間でどれだけ多くの論文をジャーナルに掲載することができるのか、その違いを理解しないことには、一流の研究者にはなれませんよ」
お昼ご飯と私たちとのミーティングのデュアルタスクをすんなりとこなした教授が、私たちにテキパキと指示を与えたことは覚えているのだが、その内容は私の記憶から飛んでいる。
【海外研究者生活の実態】論文野獣になれない私はゆとり尊重の凡人
ミーティングを終えた私たちは、ものすごく複雑な思いで教授室を後にした。
「なんだか、一杯飲みたい気分じゃない?」
普段、私はアルコールをまったく口にしないのだが、どうもやるせなくて、そんなセリフが出てきた。
すると同席していた研究員も、「私も、今の体験をどう消化できるのか困惑しているから、『飲みに行こうか?』って言いたい気分だったの」
「だよね」
まだお昼間だったので、真面目な私たちはノンアルコールビールを片手にレストランで向き合い、
「こんなに時間をムダ遣いする私たちは、絶対一流になれないよね」と笑い合って乾杯した。
あれから数年経ったが、私は性懲りもなく、お気に入りのコーヒーカップでひと息入れる時間を楽しんでいる。
人生って、ムダな事がひとつもなかったら、愛想がなさすぎると私には思えるから。